最新.4-5『両者の悲劇』
・登場人物案内
町湖場一士 ……… 支援B
宇桐一士 ……… 施設C
着郷一士 ……… 衛隊A
防御魔法レイニシルダが消え、守りを失った傭兵達は、攻撃から身を隠すべく崖下の死角へ向けて走る。
だが敵も接近を易々と許すはずは無かった。
レイニシルダの消失により、本来の破壊力を保ったままの奇妙な鏃が、傭兵達へと牙をむく。
崖下を目指して駆ける傭兵達は、次々と鏃の餌食となり倒れてゆく。
盾を手に、鏃の猛威を耐え凌ぎながら前進する傭兵の姿も合ったが、
彼等も集中攻撃により押し切られるか、爆炎に吹き飛ばされ、屍となっていった。
親狼隊長「ハァッ……ッ!」
その死の雨の中を、親狼隊長はなんとか潜り抜け、崖下の死角へと飛び込んだ。
親狼隊長「ゲホッ……クソッ!」
死角に逃げ込んだ親狼隊長は背後を振り返る。
ここに至るまでの道、そして先ほどまで展開していた空間には、味方の亡骸が無数に横たわっていた。
親狼隊長(!?、あれは……)
その惨劇の目に、目を引くものがあった。
未だに先の場所に留まり続け、防御体制を取り続けているグループがいたのだ。
盾を構えた数名が攻撃に耐え続け、その彼等の後ろからは、弓兵が矢を放ち続けている。
だが数は片手で数えられるほどにまで減っていた。
そして生き残っている者達も、一人、また一人と苛烈な攻撃に押し切られ、
やがて最後の一人がぬかるんだ地面に身を横たえた。
親狼隊長(……!)
他の仲間の前進を援護するため、最後までその留まり果敢に戦い続けた傭兵達。
彼等は仲間のためにその身を投げ打ったのだ。
親狼隊長(俺のせいだ……俺が頭領の不安を理解して、迂回に賛成してれば……!)
側近傭兵「親狼隊長!」
悔いる暇も無く、親狼隊長を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、そこに頭領の側近であった少年の姿があった。
親狼隊長「側近傭兵か、ここに何人たどり着いた!?」
側近傭兵「わかりません……ただ、ここにいる人達だけで全部のようです……」
泣きそうな顔で答えた少年。
親狼隊長は周囲を見渡す。
崖下に確認できる傭兵の人数は、本来の半数以下。
しかもその中には負傷している者が多数見受けられた。
空間防御魔法レイニシルダの消失した後も、傭兵達には個々にかけられたミルシーダ防御魔法の効果は残っていたのだが、
襲い来る強力な攻撃を無力化するには、防御魔法だけでは荷が重すぎた。
それどころか、半端な防御力の上昇は傭兵達に即死を許さず、あちらこちらから重傷者の呻き声が上がっていた。
親狼隊長「ッ………聞けー!無事な者は頭上を警戒しろ!」
惨状に一瞬表情をゆがめた親狼隊長だったが、彼は嘆く前に声を張り上げた。
親狼隊長「アイネ隊、無事だな!すぐにスティアレイナを準備しろ!側近傭兵、負傷者に治癒魔法だ!」
生存者の中に魔法隊の姿を確認し、指示を飛ばす。
同時に側近の少年に負傷者の治療を命じた。
親狼隊長「親狼F、瞬狼隊はどうなった?」
親狼隊長は側にいた傭兵に、先行していた瞬狼隊の安否を尋ねる。
親狼F「ダメです……」
尋ねられた傭兵は、言いながら谷の出口付近を指し示す。
出口の近くには、30騎近くの騎兵が横たわっているのが見えた。
爆炎か鏃か、どういった攻撃に遭い倒されたのかは分からないが、本隊を助けるために引き返したところを狙われたようだった。
親狼隊長「クソ……親狼G!」
親狼G「はい!」
親狼隊長は一人の傭兵を呼び寄せる。
親狼隊長「衛狼隊まで伝令に走ってくれ。崖沿いに行けば、敵の鏃に狙われる危険は無いはずだ。今のわが隊の状況を伝えてくれ」
親狼G「分かりました!」
むろん、この状況下で本当に危険が無いなどとは、命じた親狼隊長も、命じられた親狼Gという傭兵も思ってはいない。
しかしそれを承知の上で、親狼Gは伝令に走り、親狼隊長は彼を見送った。
親狼隊長「皆、しっかりしろッ!じき衛狼隊が来る、それまで持ち堪えるんだ!」
伝令を見送った後、親狼隊長は生き残りの傭兵達を鼓舞するため、再び声を張り上げる。
親狼F「親狼隊長、お聞きしてもよろしいいでしょうか……?」
親狼隊長「なんだ?」
鼓舞のための声を上げた直後、親狼隊長に問いかける声。
先ほど親狼隊長が瞬狼隊の安否を尋ねた、親狼Fという傭兵だ。
親狼F「頭領はどうなされたんです?」
親狼隊長「………」
険しい表情で問いかけてきた親狼F。
彼だけでなく、他の傭兵達も、あるいは不安げな表情で、あるいは険しい表情でこちらに視線を向けている。
対して、親狼隊長はすぐには返答できなかった。
今このタイミングで頭領の死を告げていいのかと。
いや、傭兵達も内心では頭領の死を察しているのだろう、
しかしそれを今はっきりと口にしていいものかと。
親狼H「………ッ!あの野郎共ォッ!」
沈黙は親狼隊長ではなく、他の傭兵の怒声により破られた。
親狼隊長の思考もわずか一瞬の物だったが、それよりも傭兵達の心に怒りの火が灯るほうが早かった。
親狼H「ぶっ殺してやるッ!」
一人の傭兵が崖の上へ罵声を放つと、武器を掴み崖へと手をかけたのだ。
親狼I「クソォッ!殺してやるッ!」
親狼J「行くぞ、あいつらを倒すんだッ!」
そして怒りは他の傭兵達へと伝播した。
頭領の死を察し、激昂した傭兵達が、各々の武器を手に次々と崖を上りだした。
親狼隊長「な!バカ、よせッ!」
親狼隊長は怒声にも近い声で制止したが、怒りで冷静さを失った彼等の耳には届かなかった。
親狼K「ッ、俺達も行くぞ!」
親狼F「親狼隊長、怪我人を頼みます!」
そして怒りに任せて上って行った者達を見捨てられず、数名の傭兵が彼等を追いかけてゆく。
生き残りの中から計20名以上の傭兵が崖を上って行き、しばらくして崖の上から戦いの音が響き出した。
親狼隊長「………クソ!アイネ隊、スティアレイナ発動を急げ!」
親狼J「ぐげッ!」
一人の傭兵が小銃弾を身に受け、崖の上から落下してゆく。
施設C「糞ッ……!」
支援B「まだ来るぞ!施設C、右だ!右から上ってくる!」
施設C「分ぁってる!今やる!」
崖下に潜り込んだ生き残りの傭兵達は、崖を上り、塹壕へと肉薄攻撃を仕掛けてきた。
塹壕の隊員等はそれを阻止するべく応戦する。
接近戦のため、手榴弾やてき弾などの炸裂兵器は使用はもちろん、
重機関銃も有効な運用は出来ず、各員は手持ちの火器での応戦を強いられた。
支援B「クソ!なんなんだ!」
MINIMI射手の支援B一士は、接近する傭兵に対応しながら悪態を吐く。
親狼K「ぐぶッ!」
支援B「三人目、いい加減に――!」
目前に迫った傭兵を射殺し、支援Bは次の目標を探そうとする。
隊員O「支援B、まだいるぞ!」
だが彼に警告の声が投げかけられた。
支援B「ッ!」
倒した傭兵の背後から、もう一人の傭兵が姿を現れる。
そしての手に握られた斧が、支援Bへと振り下ろされた。
支援B「ヅッ!」
支援BとっさにMINIMIを両手で支え、傭兵の斧を受け止めた。
親狼F「おおおおおおッ!」
支援B「あああッ……!」
初撃を凌いだ支援Bだったが、傭兵の込める力にジリジリと押される。
支援B自身も決して貧弱ではない体躯の持ち主だが、眼の前の屈強な傭兵の腕力は、それのさらに上を行っていた。
親狼F「ぎゅべッ!?」
だが、その屈強な傭兵が叫び声と共に真横へ吹っ飛んだ。
隊員O「バカ、よく見ろ!」
支援Bの窮地を救ったのは、散弾銃を手にした隊員O三曹だった。
支援B「はぁッ……!すいません!」
隊員O「崖の上に頭を見せた奴は即座に撃て!攻撃の隙を与えるな!」
次々に崖の上へと上ってくる傭兵達。
しかし、塹壕への肉薄を成し得た傭兵は決して多くは無く、
ほとんどの傭兵は、崖を上り切った直後の無防備な瞬間を狙われ、火器の餌食となっていった。
親狼L「怯むな食らいつけぇ!」
親狼M「うぁぁぁぁッ!」
それでも傭兵達が怯む事は無かった。
彼等は仲間が倒される瞬間の、隊員側の注意が逸れるわずかな隙を突いて、塹壕への肉薄攻撃を試みてきた。
施設C「はぁッ……!イカレてんのかこいつ等!?」
そんな傭兵達を迎え撃ちながら、叫び声を上げる隊員がいる。
施設科の施設C一士だ。
死を恐れず肉発攻撃を仕掛けてくる傭兵達に向けて、目を血走らせながら小銃の引き金を引いている。
隊員B「あれだけ仲間を殺されたんだ、そりゃ頭に血も上るだろうさ」
そんな彼に、横で再装填中の隊員Bが返す。
こんな状況下にもかかわらず、どこか緊張感の欠けた口調だった。
施設C「何冷静に言ってやがる、早く撃てよ!」
隊員B「分かってる!」
捨て身の肉薄攻撃を仕掛けてくる傭兵達。
対して塹壕の隊員等も、小銃や散弾銃を手に必死の迎撃を続ける。
補給「冷静に対応しろ、問題が発生したらすぐに援護を頼め」
補給は隊員等に逐一指示を出しながら、自身も小銃を手にし、冷静に襲い来る傭兵に対応していた。
そんな補給の耳に、対岸の第11観測壕からの通信が届いた。
特隊A『L1聞こえるか?こちらスナップ11、そちらの様子が見えてる。現在重機にてそちらの崖際を照準してる、援護が必要か?』
補給「いや、待機しろスナップ11。こちらはすでに白兵距離だ、誤射の危険が大きい。
敵の残存はそう多くないはず、この攻撃は長続きしないはずだ」
特隊A『了解』
補給の予測は正しかった。
傭兵達の攻撃は熾烈な物だったが、それは一過性のものであり、そう長くない時間の後に衰えを見せ出した。
親狼N「ぎゃぎッ!?」
発砲音と悲鳴が同時に上がる。
隊員Oがショットガンを撃ち放ち、重機関銃の間近に迫った傭兵が散弾を全身に受けた。
撃たれた傭兵は崖から落下して行いった。
隊員O「ハァッ!……ダボが!」
それを最後に塹壕からの発砲音は収まり、
崖を上って肉薄攻撃を仕掛けてくる傭兵の姿も無くなった。
術師E「万物の命に祝福を、来たりしこの時に光を、在りし力にさらなる雄々さを纏わせ、意志をより高みへ導きたまえ――」
一人の女性傭兵が、魔法発動のための呪文を詠唱している。
地面には分厚い魔道書を置かれ、そこに綴られた文を目で追いながら、少しでも早く詠唱を完了させるべく口を動かしている。
親狼隊長「まだかかるか?」
術師F「もう少し、後1ページです!」
親狼隊長の問いかけに、女性傭兵の隣にいる相方の傭兵が答える。
親狼隊長「急げ」
術師を急かし、親狼隊長は崖を見上げる。
先ほどまで崖の上から聞こえていた戦闘の音が消えた。
そして上っていった傭兵達が戻って来る事はなかった。
いや、正しくは数人が亡骸となって戻ってきたのだが。
親狼隊長「全滅か……」
呟き、親狼隊長は視線を降ろす。
彼の脇には、崖の上の敵に殺され、落下してきた傭兵の亡骸が横たわっている。
親狼隊長「……このままでは終わらさんぞ……!」
親狼隊長は亡骸に手を置き、小さく声を漏らした。
術師E「できた!」
その直後、術師の女性傭兵が詠唱を終えた。
術師E「お願い!」
「術師F任せろ!」
彼女は隣にいた相方に視線を送り、相方は彼女に代わって詠唱を始めた。
術師F「鋼よ、心をも貫く鋼よ!愚かなる者達の頭上に、冷徹な裁きを降らせたまえ!」
隊員N「収まった……今ので全滅したのか?」
隊員N三曹が訝しげな表情で呟き声を発する。
塹壕の隊員等は敵の攻撃が収まった後も、武器を構えたまま警戒を続けている。
彼等の目前には、肉薄攻撃の末に息絶えた傭兵達の体が、いくつも横たわっていた。
補給「スナップ11、こちらジャンカーL1補給。そちらから、こっちの崖下の様子を確認できるか?」
特隊A『待って下さい……崖下に十数名ほど確認できます。崖を上ろうとする人影はありませんが、未だに動きがあります。注意してください』
補給「了解――各員、まだ敵に動きがあるぞ。次の攻撃を企てているのかもしれない、警戒を怠――」
施設C「チクショウ!なんなんだよ!」
補給の声を遮り、突如、荒い声が上がった。
施設C「いい加減あきらめろよ、突っ込んできても死ぬだけだってわかんねぇのかよ!」
声の主は施設科の施設Cだ。
先ほどの傭兵達の勇敢とも無謀とも言える突撃、そして今、目の前に広がる亡骸の山。
地獄のような光景が施設Cの感情を揺さぶり、激昂という形で表に現われたのだ。
支援B「施設C、落ち着けよ……」
隣にいた支援Bが施設Cを宥める。
しかし施設Cの感情が収まりを見せることはなかった。
施設C「チクショウ……そんなに死にたいなら、止めを刺してやる!」
そして彼は叫び声を上げると同時に、武器を手に塹壕から飛び出した。
補給「施設C一士!」
支援B「施設C!おいッ!」
補給や支援Bが制止の声を掛けるも、彼に聞く耳は無い。
施設Cは塹壕と崖の縁の間の、2メートルもない空間へと乗り出すと、サスペンダーにぶら下げた手榴弾を掴む。
先に崖下に手榴弾を投げ落とし、その後に小銃で掃射をする算段だ。
掴んだ手榴弾を引っ張り、サスペンダーの金具に繋がっているピンが抜け、安全レバーがはじけ飛ぶ。
施設C「終わりだァッ!」
手にした手榴弾を崖下へ投げつけるべく、叫び声と共に腕を大きく振り上げた。
そして、
施設C「――ァ」
ドスッ――と、
彼の喉元に鈍い衝撃が走った。
施設C「ぇ」
唐突に自分の体に生じた違和感。
口からは掠れた声が漏れる。
施設C「な、ぁ?」
自分の体に目を落とす施設C。
彼の喉仏の下、胸骨の真上には、鋭いツララ状の鉱石が深々と突き刺さっていた――。
支援B「施設Cッ!」
背後から彼の名を呼ぶ声。
その声を合図とするかのように、“それ”は始まった。
大小無数のツララ状の鉱石が、今もなお降り続けている雨に同調するかのように、
周囲に降り注ぎ出したのだ。
補給「身を隠せ、壕に潜れッ!」
補給は即座に声を張り上げ、退避の指示を出す。
それを受けた隊員等は、塹壕へと身を隠す。
ただ一人を覗いては。
支援B「施設Cーッ!」
倒れた施設Cの元へ向けて、支援Bが塹壕から飛び出した。
補給「支援B一士!危険だ、やめろ!」
補給が冷淡な声で制止を命じたが、支援Bは聞かなかった。
施設Cの体へ這いよった支援Bは、まず真っ先に、施設Cの手から零れ落ちた手榴弾を拾い上げて投げ捨てる。
一瞬の間の後に、手榴弾は空中で爆発した。
支援B「施設C!」
そして施設Cの体に手を回し、彼の体を塹壕へ引きずり込もうとする。
支援B「がぁッ!」
だがそんな彼に鉱石の雨は容赦なく降り注ぎ、その内の一本が支援Bの右腕に突き刺さる。
支援B「ッ……!」
激痛が走るも、支援Bは手を離さず、施設Cの体を引っ張り続けた。
支援B「ヅッ!……あぁッ!」
鉱石はさらに左足を貫き、わき腹を抉る。
十秒にも満たない時間、わずか1メートル強の距離を移動する間に、身を晒した支援Bの体は酷く傷ついてゆく。
しかし傷を負いながらも、支援Bは施設Cの体を塹壕に引きずり塹壕へと戻って来た。
隊員O「支援B、この馬鹿が!」
戻って来た支援Bへ隊員Oが手を借し、塹壕内へ二人を引きずり込む。
隊員O「糞ッ、衛生隊員!来い!」
衛隊A「分かってます!」
衛隊Aが狭い塹壕を縫って二人の元へ駆け寄る。
衛隊A「!」
二人の様子を目の当たりにして、衛隊Aは一瞬息を呑む。
しかしすぐさま意識を切り替え、手前にいた支援Bの応急処置に掛かった。
支援B「俺は、いい……施設Cを見てやってくれ……!」
手当てを始めた衛隊Aに向けて、支援Bが苦痛交じりの声でそう発した。
衛隊A「……」
しかし衛隊Aはそれを無視して支援B手当てを続ける。
支援B「おい!聞いてるのか……!施設Cの手当てを……」
隊員O「いいからッ!黙って手当てを受けてろ!」
自分の要求を無視した衛隊Aに対して、支援Bは言葉を荒げて、再度要求しようとした。
だが隊員Oの怒鳴り声がそれを遮った。
怒鳴った隊員Oが視線を落とした先には、施設Cの体が横たわっている。
彼の体には、喉元に刺さった鉱石を始め、体中に大小いくつもの鉱石が痛々しく突き刺さり、血が流れ出ている。
しかし、今大事なのはそこではなかった。
施設Cの瞳は、開いたまま虚空を見つめていた。
瞬き一つすらすることなく。
隊員O「………糞」
隊員Oは一言だけそう漏らした。
反対側にいた隊員L三曹が、施設Cの開いたままの目を閉じた。
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